運転免許証の更新に行ってきた

今日は運転免許証の更新に行ってきた。

いつもは試験場へ行くのだが、すごい人で一日仕事になっているので嫌気がさしていたので、少し通鬱であった。しかし、更新通知ハガキを見るとあることに気がついた。試験場では違反者〜優良まで全てに対応しているが、神田にある免許更新センターでは違反者や初回者は更新できず、一般〜優良に限定されている。対象者が絞られているから空いているかもと思い行ってみたところ、考えは的中し、受付から交付まで1時間少しの時間で完了することができた。

ご存知とは思うが、今は講習を受講しなければ免許は交付されないことになっている。この講習が面倒と思われがちだが、5年にたった一度だけ、安全に関する教育を受講し、安全に対する意識を高揚するためにも大切な機会である。講師の方のお話を伺うと、事故を一件でも減らすために、様々な取り組みをしているという。またこのような講習を通じて、事故の悲惨さを知ってもらうことが務めであるともおっしゃっておられた。

先日、私の知り合いが交通事故に巻き込まれた。ご夫婦で亡くなってしまい、娘様も大怪我を負うという悲惨な結末となってしまった。娘様も心に大きな傷を負っているに違いない。今や車は生活の一部、事故のことなど考えることもないが、車ほどリスクの高い乗り物はないと改めて考えされられる。

車は他の乗り物とは違い、運転者に依存する割合が多いため、他の乗り物のようにハードで守られる部分が非常に少ない。事故を未然に防ぐには運転者に対する呼びかけしかない。

講習終了後に「お疲れ様でした」と両手で丁寧に新しい免許証を渡されたが、講師のこだわりと熱い思いが伝わってきたように感じた。5年に一回しかないが、このような機会に感じたことを忘れず、また5年後に免許の更新に行けるようにしたいものだ。

何歳になっても勉強

先週、たまには勉強しなさい!との上司の指示で、研修に入っていた。この歳で研修?と思ったが、仕方ない。いつもは講師役が多いのだが、今回は生徒。私にとっては長い間、職場を留守にすることはあまりしたくないと思いながら、嫌々研修を受けることに。

今日、無事終了したのだか、たまには勉強漬けも良かったと思った。新しい出会いがあり、いろんな考え方を見たり聞いたりでき、新しい発見もあった。やはり人は何歳になっても勉強が必要だ。

反省するのは、最近本が読めていないこと。

人に物事を伝えたり、表現が劣ってしまっているようにも感じた。早速、読む本を決めて明日購入しようと考えている。

今回のような機会を与えてくれた上司と、仕事をしない上、食べるものまで与えてくれながら給料まで支払ってくれる会社に感謝したい。

何度も言うが、人は何歳になっても勉強が大切だ。

 

思い出の場所

今日は山口県下関市へ。

下関は以前から何かと縁がある街で、雰囲気が好きである。

その下関に思い出の風景がある。再び訪れたが変わっていないようで、当時の記憶が鮮明に思い出された。場を去るのが辛かったが、この後、赤間神宮も訪れてきた。

本当にいい旅をした。

 

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疲れた夜は・・・

今日は8月31日。

今年の夏は夏らしくなく、暑いというイメージが全くなかった。特に東京では8月にもかかわらず、肌寒いと言っている日もあった。明日から9月、すでに立秋を迎えており、季節で言えば今でも立派な秋であるが、いつもなら日に日に少しずつ涼しくなるなぁと一番季節の変わり目を体感できる時期。今年はそんな気が全くしない。

今日は大阪からやっと帰京した。やっとと言っても2泊の出張なのだが、最近出張が多いので、本当に疲れる。来週も九州に出張を控えており、自分の本業って何なのだろうかと思ってしまう。しかし、出張は疲れるが悪くもない。空き時間を利用して、観光をしたり、以前訪れたところは今も同じかなと思いながら訪れたくなったらその希望も叶う。昨日の夜は、よく行っていた思い出のバーを訪れた。お店の雰囲気も変わっていなく、また店員さんも覚えて頂いており、おかげで満足した時間を過ごすことができた。

今日の帰りの新幹線では疲れが溜まっていたのか、余計なことを思い出したり、考えたりしていた。疲れたときは、余計なことを考えたり、小さなことを気にすることはないだろうか。私は疲れたときにそんなことがよくある。余計なことを考えたり、小さなことを心配したりしていると、「あっ、疲れているんだな」と少し経ってから気がつく。

そんな中、今日は以前お付き合いしていた女性のことを思い出していた。彼女のことを思い出すと、悪いことをした気持ちになる。その彼女とは1年半くらいお付き合いしたのだが、最後にはお互い大好きと言い合って別れた。別れを切り出したのは彼女の方だが、好きだから別れるという選択肢もあると理解し、本当のところは嫌であったが何も言わず、責めることもなく黙って受け入れることにした。実は彼女にはもう一人の彼がいたようで、私もそのことは薄々感じていた。どうも私は「お遊び相手」だったようだ。だから、私が好きと言ったり誠意をみせる度に、彼女は自身の罪悪感を感じては傷ついていたのではないかと思われる。お遊び相手という感覚で扱われた私も正直嫌な気持ちになるが、他に彼氏がいると知って付き合っていた自分にも非がある。他に彼がいたのならどうして付き合っていたのか、わかった時点できちんと別れておけばよかった、そうすれば彼女もそんな気持ちにならずに済んだのにと感じる。彼女に嘘を言わせていたのは結果的に自分であった。彼女は最後に何度も何度も謝ってくれたが、私にも責任がある。そんな彼女と今逢ったら、どんな態度で接するかと最近考えてしまう。心からうれしいという気持ちを出した笑顔で接するのか、社交辞令で適度に接するのか、冷たく接するのか。もう逢うことはないが、いずれの対応もする自信がない。自分は素直じゃないなと感じる反面、ちゃんと好きだったんだなと今でも感じる。それに彼女も最後は大好きと言ってくれた。だから彼女も私のことを好きでいてくれたはずだし、そのことはきちんと受け止めなければならないと思う。でも、また逢うことになったら、本当にどうしよう? 人間の心は本当に難しいな。

疲れた夜だからこそ、こんな余計なことやどうでもいいことを考えてしまう。でも、余計なことやどうでもいいことを考えることができるのは、リラックスしていて心に余裕があるからかも知れない。

また現実に目が向けれるよう、今日はゆっくり休むことにしたい。

時間の無駄遣い

今日は2時間の会議のために、わざわざ往復5時間かけて大阪まで出張してきた。

テレビ会議でも十分では?と思ったが、各方面から集まるという話を聞いて渋々了解することに。しかし、あまりにも効率が悪い。移動時間を何かに使えないものなのかと考えていたところ、仕事の続きをするのが一番いいのは誰でもわかる。しかしノートPCを持っていない私にとっては、どうすることもできない。まぁ、今時ノートPCを持っていない方どうかしているのかもわからないけど、今日ノートPCを買ってしまおうかと思ったくらい時間の無駄を感じた。

ポメラ」というツールをご存知だろうか?キングジムから発売されている、文字入力に特化した商品。持っているのであるが、かなり古いタイプ。新しいのが欲しくなり、またノートPCを買うのであればこれでも十分と思い、早速購入。これで、文字入力だけでもできれば、会社に帰ってコピペして編集もできて、時間が無駄にならない。」ポメラ」はビジネスシーンだけでなく、プライベートでも活躍してくれる。ちょっと気がついたことを日記風に書き込んだり、ブログの記事を書いたりと、活躍する場は多い。これから一週間ごとに大阪へ行かなくてはならないので、新幹線の中で活躍してくれそうだ。

時間の無駄で思い出したが、私の近くに時間の使い方について研究している部署がある。例えば、あるチケットを買い求めたとする。そのとき、係員が操作してチケットを作成している客は待ちぼうけ。その時間が無駄というのである。ではどうするか。それは、係員がチケットを作っている画面を客にも見えるようにすればいいとのこと。そうすれば、間違ったチケットを作ることを防ぐことができるという相乗効果もある。ここまで細かなことを研究している方に感心させられると同時に、小さなことでもこだわることは大切なことなんだと気付かされる。

時間の流れは非常に速い。速いから良いのではなく、速いから効率よく使うことが求められる。そういう意味では、人生も意外と短いのかもしれない。これから先、私も無駄がないように時間を使っていきたい。

気がつかない、気が利かない

つい忙しさのあまり、随分ブログの更新を怠っていた。最終更新から、季節は夏直前になっており、まもなく梅雨も開けるというところまで時間が流れてしまった。本当に時間が流れるのは早いものだ。そう思うと、悲観的な意味ではないが、人生も思ったより短いものなのかも知れない。前向きに捉えると、限られた短い人生だから、そのときを精一杯生きることが大切なのだろう。

 

今日は、「気がつかない、気が利かない」という話題。

これは会社の後輩でのことではなく、私自身のことである。これからの自分のために記しておきたい。

 

つくづく私は「気がつかない、気が利かない」、そんな人間だと思う。

仕事柄、出張も多く、お酒の席に同席させて頂くことも多い。昨日まで長期に渡り出張していたのだが、出張先での出来事を振り返ると、様々なことが気になる。

これまで私は人間関係は大切にしてきた方だと思っている。(自分勝手な自負かも知れないが・・・) そう思っていても、振り返ってみると、後悔することがたくさん出ててくる。あのとき、「こうしてあげれば良かったなー」とか「気が効いたことができなかったなー」など。終わってしまったことなので、今考えても仕方ないのであるが、今後のためを思うと心に留めておくことは大切であると思う。

今、気がつく人、気が利く人は、いろんな場面でいろんな経験(失敗)をして、自分の考えをしっかり持っている人なのだろうと思う。

 

私は、まだまだ相手の気持ちや立場になれていない未熟者である。自分に甘い部分があると思うし、まだまだ経験も視野も狭い。他人には優しく、自分には厳しくないといけない。明日からまた通常通りの仕事。そんなことを胸に刻んで、明日からも楽しい時間を過ごしたい。

 

乗り越えなければいけないこと

「この歳になって苦労するとは思わなかった・・・」

先輩がよくこんなことを言っていたのを思い出す。

お恥ずかしい話ではあるが、わたしも30歳を手前にした若い時期に、そんなことを思ったことが何度かあった。いま考えてみると、愚かだったと振り返ることができるのは、自分に見えるものが多くなったり、考え方が変わったりと、簡単に言えば自分が成長した結果だと感じる。

人は苦労や困難に直面すると、「この歳になって苦労するとは思わなかった」等、決まり文句を言うところがある。ある意味、この言葉に逃げてしまっているのかも知れない。

私もいま、いろんな困難に直面している。自分の幸せも大切であるが、周りの幸せを少しだけ優先しなければならない立場であるので、全体のことを考えるとどのようにすればいいのかわからなくなるときがある。こんなときは、言い訳がましくなるので、多くを語らず黙ってゆっくり自分の頭の中を整理しよう、そして答えを出す、これが私のいつもの手である。そして頭の中では、これまで考えていた様々なキーワードが思い出されてくる。このキーワードを基礎として判断したり行動に出る。すぐに忘れるので、今後のためにも記しておく。

 

・人間は強いものではないということ。

・相手の意見が自分の中でダメと判断しても、それは相手にとっての一種の見解である。決して批判はしてはならない。

・自分の持っている尺度を信じる。その尺度で行動すればいい。

・他人の情報は絶対信用してはならない。他人の持っている尺度は自分の持っている尺度とは違う。だから相手の情報で自分の尺度を操作されてしまうかも知れない。

・ダメと判断するのはとても簡単なこと。でも簡単には見えない、「良いところ」を見つけることが、自分には求められている。

・困難にぶつかっても弱音をはかない。これからもっとたくさんの困難を乗り越えなければいけないのだから、そのためにいい課題を与えられたと思っておく。

・常に考えない。考えても解決にはつながらないし、自分の時間がもったいない。考えるタイミングは、仕事をしているように見せたいとき、つまりデスクでサボりたい気分になったときにする。

・人生にはアップダウンがある。今がいいと感じるならば悪い時期が訪れる、今が悪いと感じるならば、必ず良い期間が訪れる。

 

これで忘れずにすみそうだ。