時間の無駄遣い

今日は2時間の会議のために、わざわざ往復5時間かけて大阪まで出張してきた。

テレビ会議でも十分では?と思ったが、各方面から集まるという話を聞いて渋々了解することに。しかし、あまりにも効率が悪い。移動時間を何かに使えないものなのかと考えていたところ、仕事の続きをするのが一番いいのは誰でもわかる。しかしノートPCを持っていない私にとっては、どうすることもできない。まぁ、今時ノートPCを持っていない方どうかしているのかもわからないけど、今日ノートPCを買ってしまおうかと思ったくらい時間の無駄を感じた。

ポメラ」というツールをご存知だろうか?キングジムから発売されている、文字入力に特化した商品。持っているのであるが、かなり古いタイプ。新しいのが欲しくなり、またノートPCを買うのであればこれでも十分と思い、早速購入。これで、文字入力だけでもできれば、会社に帰ってコピペして編集もできて、時間が無駄にならない。」ポメラ」はビジネスシーンだけでなく、プライベートでも活躍してくれる。ちょっと気がついたことを日記風に書き込んだり、ブログの記事を書いたりと、活躍する場は多い。これから一週間ごとに大阪へ行かなくてはならないので、新幹線の中で活躍してくれそうだ。

時間の無駄で思い出したが、私の近くに時間の使い方について研究している部署がある。例えば、あるチケットを買い求めたとする。そのとき、係員が操作してチケットを作成している客は待ちぼうけ。その時間が無駄というのである。ではどうするか。それは、係員がチケットを作っている画面を客にも見えるようにすればいいとのこと。そうすれば、間違ったチケットを作ることを防ぐことができるという相乗効果もある。ここまで細かなことを研究している方に感心させられると同時に、小さなことでもこだわることは大切なことなんだと気付かされる。

時間の流れは非常に速い。速いから良いのではなく、速いから効率よく使うことが求められる。そういう意味では、人生も意外と短いのかもしれない。これから先、私も無駄がないように時間を使っていきたい。

気がつかない、気が利かない

つい忙しさのあまり、随分ブログの更新を怠っていた。最終更新から、季節は夏直前になっており、まもなく梅雨も開けるというところまで時間が流れてしまった。本当に時間が流れるのは早いものだ。そう思うと、悲観的な意味ではないが、人生も思ったより短いものなのかも知れない。前向きに捉えると、限られた短い人生だから、そのときを精一杯生きることが大切なのだろう。

 

今日は、「気がつかない、気が利かない」という話題。

これは会社の後輩でのことではなく、私自身のことである。これからの自分のために記しておきたい。

 

つくづく私は「気がつかない、気が利かない」、そんな人間だと思う。

仕事柄、出張も多く、お酒の席に同席させて頂くことも多い。昨日まで長期に渡り出張していたのだが、出張先での出来事を振り返ると、様々なことが気になる。

これまで私は人間関係は大切にしてきた方だと思っている。(自分勝手な自負かも知れないが・・・) そう思っていても、振り返ってみると、後悔することがたくさん出ててくる。あのとき、「こうしてあげれば良かったなー」とか「気が効いたことができなかったなー」など。終わってしまったことなので、今考えても仕方ないのであるが、今後のためを思うと心に留めておくことは大切であると思う。

今、気がつく人、気が利く人は、いろんな場面でいろんな経験(失敗)をして、自分の考えをしっかり持っている人なのだろうと思う。

 

私は、まだまだ相手の気持ちや立場になれていない未熟者である。自分に甘い部分があると思うし、まだまだ経験も視野も狭い。他人には優しく、自分には厳しくないといけない。明日からまた通常通りの仕事。そんなことを胸に刻んで、明日からも楽しい時間を過ごしたい。

 

乗り越えなければいけないこと

「この歳になって苦労するとは思わなかった・・・」

先輩がよくこんなことを言っていたのを思い出す。

お恥ずかしい話ではあるが、わたしも30歳を手前にした若い時期に、そんなことを思ったことが何度かあった。いま考えてみると、愚かだったと振り返ることができるのは、自分に見えるものが多くなったり、考え方が変わったりと、簡単に言えば自分が成長した結果だと感じる。

人は苦労や困難に直面すると、「この歳になって苦労するとは思わなかった」等、決まり文句を言うところがある。ある意味、この言葉に逃げてしまっているのかも知れない。

私もいま、いろんな困難に直面している。自分の幸せも大切であるが、周りの幸せを少しだけ優先しなければならない立場であるので、全体のことを考えるとどのようにすればいいのかわからなくなるときがある。こんなときは、言い訳がましくなるので、多くを語らず黙ってゆっくり自分の頭の中を整理しよう、そして答えを出す、これが私のいつもの手である。そして頭の中では、これまで考えていた様々なキーワードが思い出されてくる。このキーワードを基礎として判断したり行動に出る。すぐに忘れるので、今後のためにも記しておく。

 

・人間は強いものではないということ。

・相手の意見が自分の中でダメと判断しても、それは相手にとっての一種の見解である。決して批判はしてはならない。

・自分の持っている尺度を信じる。その尺度で行動すればいい。

・他人の情報は絶対信用してはならない。他人の持っている尺度は自分の持っている尺度とは違う。だから相手の情報で自分の尺度を操作されてしまうかも知れない。

・ダメと判断するのはとても簡単なこと。でも簡単には見えない、「良いところ」を見つけることが、自分には求められている。

・困難にぶつかっても弱音をはかない。これからもっとたくさんの困難を乗り越えなければいけないのだから、そのためにいい課題を与えられたと思っておく。

・常に考えない。考えても解決にはつながらないし、自分の時間がもったいない。考えるタイミングは、仕事をしているように見せたいとき、つまりデスクでサボりたい気分になったときにする。

・人生にはアップダウンがある。今がいいと感じるならば悪い時期が訪れる、今が悪いと感じるならば、必ず良い期間が訪れる。

 

これで忘れずにすみそうだ。

 

 

 

最近、忘れていたこと

自分自身や周りのことを冷静に見たときに、つい忘れてしまっていることがあることに気がつく。

 

ひとつは、今の何もないと言えども幸せな日々であるということ。

 

いつも、こんなことを綴っているが、何気無い出来事や感じたことはいつか思い出になる、そう思うとどんなときだって今は幸せだということを忘れてはならない。

 

もう一つ忘れていたことがある。

 

それは、自分の使命。

自分で言うのもおこがましいが、私は自分のこだわりを持つことが大切だと思ってい

る。その分、周りに合わせたりせず、自分の思いをぶつけ、ときには損をすることも

ある。でも、自分の使命をはっきりさせることで、自分の存在価値が見えてくる。

そうして見えた自分の存在価値は決して忘れてはならない。

きっと私にしかできないことがある、ときにはきっとあの人にしかできない、自分の

存在価値を忘れないながらも、他人の存在価値を認めることが人間社会に求められる

ことなのかも知れない。

思いを伝えられなるということ

私が最も辛いと感じるのが、他人に自分の思いを伝えられないこと。

自分の気持ちや考えを相手に伝えられないくらい、辛いことはないだろうと感じる。

でも、もういいやと吹っ切れてみた。もちろん安易にそんなことをしたのではない。

私は人間の一番の良さは、心を持っていることだと思っている。

その心に潜む気持ちを精一杯伝えても、相手には伝わらないこともやっぱりある。

相手は自分とは違うのだということはわかっていても、相手が話している側の気持ち

をわかろうとしないのなら話は別だと思う。

人はみんな刀を持っている。その刀を簡単に振り回す安っぽい人間にはなりたくない

が、人の気持ちをわかろうとしない、そんな相手なら刀を使うしかないかも知れない。

つまり刀を使って切り捨てるということ。安っぽいと思われるかもわかないが、悩みに

悩んで、刀を使うことにした。

刀を使った感想は・・・あまり気持ちのいものではない。

刀を使うと、もう自分の言葉は永遠に伝わらなくなる。それを覚悟の上であったが、

やはりそのこと自体は辛いし寂しい。伝えたかった内容を知っているのは自分だけで、

誰にもわからない。

人と人との繋がりは、この世の中で最も大事なことなのかも知れない。

 

 

旅に出て感じたこと

いつもどこかへ行きたいと思いながら、予定していた時間が他の事で取られたりして、なかなか出かけることができなかった。時間ができても、急にやっぱり近くでゆっくり過ごそうなど、気の変わり様もあったため、最近は旅らしい旅もしていなかった。

そんな中、一泊の予定で山形県の米沢を訪ねてきた。米沢と言えば、米沢牛や温泉をイメージされる人も多いだろうが、私の目的は上杉鷹山を感じる旅。山形には以前から縁があり、何度か訪れたことがあるが、米沢はいつも通過点になっていた。ちなみに本題とはあまり関係がないかも知れないが、上杉鷹山は、今の時代においてもリーダー層が見習うべきスーパー名君である。内容には触れないが、本が出版されているので、ぜひ読んで頂きたいおすすめの一冊。

旅に出て感じたのは、やはり来て良かったと感じたこと。何気ない感想ではあるが、米沢の地を巡って、地元の方の言葉(方言)を聞いたり、特産品を見たり、これはすべて思い出になると感じたことが大きいと思う。道を歩いていると、すれ違いの見知らぬ中学生らしき女の子が「こんにちは」と声をかけてくれた。少し驚いたが、「こんにちは」と返事すると、彼女は何もなかったかのように去っていった。旅にはこんな見知らぬ人との出会いもある。挨拶くらいで出会いと表現するのはどうかと思われそうであるが、言葉も交わすことなくすれ違いとなることが多い中、これからいったい何人と言葉を交わすことができるのか、そう考えると私は貴重なことだと思う。

山形牛丼を頂くため、山形にも立ち寄ったが、山形駅には温かいものを感じた。若手社員が作成したと思われる、手作りの観光マップを配布したり、受験生に対してお手製の合格祈願のお守りを配布していた。これは「別にしなくてもいい行為」の領域にはなるが、これを単にJRのサービスと捉えるだけに終わるのか。私は、人の気持ち、温かさがあるのだと感じる。私のような観光客にとってはもちろんのこと、地元の人にもこの温かさが通じ、地域密着が根付いているのだろうと感じた。

話は変わるが、駅のパンフレットを陳列している前で高校生が数人で卒業旅行の計画でもしているのか、はしゃいでパンフレットを見ていた。そこに手押し車を押した老婆が現れ、立ち話で邪魔になっていると感じた高校生たちは「すみません」と言った。もちろん当たり前のことなのではあるが、なかなか出ない言葉なのではないかと感じた。しかも、老婆が通ると思われるところにはガラス扉があり、なんと高校生の一人が開けてあげようと思ったのか、手すりに手を添えて老婆を見ていた。結局、老婆はそこを通らなかったが、そんな気遣いができる高校生たちを見て関心した。いつでもどこでも学校の延長感覚である学生もいれば、場の状況からきちんと対応できる学生もいる。多分私だったら、できなかったと思うし、現にその場においてもガラス扉を開けてあげようとは思わなかった。まずは自分が見習わなければならないが、どうすればこんな高校生が?と少し考えてしまった。

やっぱり旅に出て良かった。今は写真を見ながら余韻に浸っている。

旅は残る物を買うのと同等の価値がある。

 

 

 

校長先生は孤独

昔、誰から聞いたのか思い出せないが、「校長先生は孤独」という言葉を聞いたことがある。そのときはまだ人生経験が浅いときだと記憶しており、全く意味がわからなかった。しかし今はこの言葉の意味がよくわかる。

私は校長先生ではないが、今の職場では実務部隊を引っ張るリーダー層の仕事をさせてもらっている。管理職ではないが、一般職の中の管理層であるというこの位置に置かれ、孤独を感じることがよくある。それは少なくとも他人に対して指示業務が発生するからである。私は「他人は自分とは違うのだということを忘れない」という考えを持って接しているつもりであるが、時にはどうしても相手が納得しない指示をしなければならないときもある。当人にすれば指示なので、仕方なく遂行してくれるものの、後日、私が酒のつまみになっていることは間違いない。

人を動かしたり、納得のいく仕事をさせるというのは非常に難しいことであると思う。そういう意味では、すべての人にとって理想の上司など、存在しない。「どうすれば伝わるかな」「どうすれば上手くいくかな」、日々そんなことを考え、周りには簡単に相談することもできない、そう思うとこの位置の職務は孤独だと感じる。

目の前にいるときは上司として扱い、目の前にいないときは悪口を言われる、総じて考えると嫌われ役のポジションなのだと思う。私も上司のことを悪く言うときもあるし、酒のつまみにしてしまうこともある。良いように考えるならば、今の立場をしっかり理解できたということに、自分自身の成長がみられたと解釈するしかないと思う。