人生の節目を感じる

桜の咲くこの季節、世間では別れと出会いの季節。桜は別れの花ではなく、出会いの花であるが、ここ最近は3月に開花するという慣例で、出会いの花とは認識されにくくなっているのかも。そんな今、桜は別れと出会いを中継ぎする役割を担う花に変わってきているように感じる。

こんな季節、特に感じるのは人生の節目を感じることが少しずつ薄らいでいる気がするということ。学生の頃は、卒業式や入学式などで人生の節目を感じる機会があるが、社会人になってからそうそう機会はない。人生の節目を感じることができないのは、ある意味寂しいし、自分のモチベーションを低下させてしまっている原因になっているかも。

以前、出会いについて書いたことがある。出会いは大切な節目なんだと改めて感じている。別れも同じ、大切な節目。私は人生の中で、出会いと別れを繰り返している。もう会えなくなった人の節目であっても、その人の節目を感じ、幸せを祈るだけで自分も幸せになれるような気がする。ひょっとしたら節目は出会いや別れに限らず、一日一日だと感じなくてはならないのかも知れない。そんなことに気づかせてくれる人は私の周りにどれくらいいるのだろう。そんな人が近くいれば幸せだろうな。でも、もう社会人だし他人に頼らず、毎日を節目だと感じることができるよう、自身で一日一日を大切にしなくてはいけないのだと思う。節目も幸せと同じ、自分ではなかなか見つけにくいものなのかも知れない。