旅に出て感じたこと

いつもどこかへ行きたいと思いながら、予定していた時間が他の事で取られたりして、なかなか出かけることができなかった。時間ができても、急にやっぱり近くでゆっくり過ごそうなど、気の変わり様もあったため、最近は旅らしい旅もしていなかった。

そんな中、一泊の予定で山形県の米沢を訪ねてきた。米沢と言えば、米沢牛や温泉をイメージされる人も多いだろうが、私の目的は上杉鷹山を感じる旅。山形には以前から縁があり、何度か訪れたことがあるが、米沢はいつも通過点になっていた。ちなみに本題とはあまり関係がないかも知れないが、上杉鷹山は、今の時代においてもリーダー層が見習うべきスーパー名君である。内容には触れないが、本が出版されているので、ぜひ読んで頂きたいおすすめの一冊。

旅に出て感じたのは、やはり来て良かったと感じたこと。何気ない感想ではあるが、米沢の地を巡って、地元の方の言葉(方言)を聞いたり、特産品を見たり、これはすべて思い出になると感じたことが大きいと思う。道を歩いていると、すれ違いの見知らぬ中学生らしき女の子が「こんにちは」と声をかけてくれた。少し驚いたが、「こんにちは」と返事すると、彼女は何もなかったかのように去っていった。旅にはこんな見知らぬ人との出会いもある。挨拶くらいで出会いと表現するのはどうかと思われそうであるが、言葉も交わすことなくすれ違いとなることが多い中、これからいったい何人と言葉を交わすことができるのか、そう考えると私は貴重なことだと思う。

山形牛丼を頂くため、山形にも立ち寄ったが、山形駅には温かいものを感じた。若手社員が作成したと思われる、手作りの観光マップを配布したり、受験生に対してお手製の合格祈願のお守りを配布していた。これは「別にしなくてもいい行為」の領域にはなるが、これを単にJRのサービスと捉えるだけに終わるのか。私は、人の気持ち、温かさがあるのだと感じる。私のような観光客にとってはもちろんのこと、地元の人にもこの温かさが通じ、地域密着が根付いているのだろうと感じた。

話は変わるが、駅のパンフレットを陳列している前で高校生が数人で卒業旅行の計画でもしているのか、はしゃいでパンフレットを見ていた。そこに手押し車を押した老婆が現れ、立ち話で邪魔になっていると感じた高校生たちは「すみません」と言った。もちろん当たり前のことなのではあるが、なかなか出ない言葉なのではないかと感じた。しかも、老婆が通ると思われるところにはガラス扉があり、なんと高校生の一人が開けてあげようと思ったのか、手すりに手を添えて老婆を見ていた。結局、老婆はそこを通らなかったが、そんな気遣いができる高校生たちを見て関心した。いつでもどこでも学校の延長感覚である学生もいれば、場の状況からきちんと対応できる学生もいる。多分私だったら、できなかったと思うし、現にその場においてもガラス扉を開けてあげようとは思わなかった。まずは自分が見習わなければならないが、どうすればこんな高校生が?と少し考えてしまった。

やっぱり旅に出て良かった。今は写真を見ながら余韻に浸っている。

旅は残る物を買うのと同等の価値がある。